名探偵最後の事件
シャーロック・ホームズといえば、知識豊富で観察眼の鋭い名探偵というのが誰もが抱くイメージだろう。しかし、この映画のホームズはちょっとテイストが異なる。
30年前に失敗に終わった、ある事件をきっかけに探偵を引退し、田舎に引きこもり養蜂をしながら余生を暮らすホームズ(イアン・マッケラン)。既にワトソンは亡くなっている。家政婦とその息子・ロジャーとの日々のなかでホームズは最後の事件の記録を残そうと試みるが……。
ホームズにも確実に老いが襲ってくる。ローヤルゼリーや日本の山椒などで対抗しようとするけれど、なかなかうまくいかない。記憶の衰えはそこここに現れてくる。山椒を手にいれるために出向いた日本(出迎えた日本人を真田広之が演じている)の場面では、戦後間もない広島が描かれている。
ホームズは最後の事件の細部を徐々に思い出していく。少しずつ受け入れていく自分の老いがオーバーラップする。
しかし、観察眼は相変わらずの冴えを見せる。賢い男の子・ロジャーもそんなホームズを敬愛している。
静かなイギリスの田舎風景が穏やかで美しい。最後の場面でのホームズの慈愛に満ちた姿が心に残る。
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ねぇ、聞いてよって言われたとき
人から相談を受けたとき、ともかく相手の話をふんふんと聞いて「わかるわかる」と同調するのが女性的で、「それはつまりこういうことか。だったら~して~に行って~したらいい」と具体的にアドバイスするのが男性的な対応という傾向があるらしい。
私はどちらかというと男性的な対応をしてしまうので、あまり女性から相談されることはない。黙って聞いていることが苦手だし、悪口にも声を合わせられなかったりするし。
少しは反省して30分くらいは聞いていられるようにはなってきたけれど、悪口はもう偏屈なぐらいにダメである。
私の悪口嫌いは、子どもの頃に、母から一緒に住んでいた祖父の悪口を聞かされ続けたことに起因する。何故、母が私にだけ悪口を言い続けたのかわからないけれど、私は文句も言わずずっと母の吐く毒を受け止めていた。
ある日、私が友だちに別の子の悪口を言いかけたとき、友だちが「悪口言ったらいけないってお母さんが言ってた」とつぶやいたのを聞いて以来、私は人の悪口を言えなくなってしまった。
悪口を言い続ける母と友人の母の違いに衝撃を受けたのか、自分の行為を激しく悔いたのか、それはよく覚えていないけれど、私はそれから人の良い面に焦点を当てるようになっていった。
それがいいことなのかどうか、わからない。やはりバランスというものがあるだろうと思うからだ。でも、幼い頃の原体験というのは強烈なインパクトがあって、悪口を聞くとムズムズしてしまうのを変えようがない。
私だって悪口を言いたくなることはある。でも、どちらかというと「何故、私はこんなにも彼(彼女)が嫌いなのか」ということに興味がむく。自分の何が拒絶しているのか、考え込んでしまうのだ。この前は、自分自身の嫌いなところと酷似しているからだと気づいた。
どうも、自分が見たくない自分を拡大して見せてくる相手が私は苦手なようだ。そういう居心地の悪いところから離れられれば離れるに越したことはない。
私が悪口を人に言わないでいられたのは、うまく離れることができたからだろう。物理的に、精神的に。
でも、お酒を飲んで上司の悪口を言うくらいは罪がないと思う。そのくらいのつき合いはできるようになりたいかな。
勝手にふるえました
綿矢りさ『勝手にふるえてろ』は何と勢いのあるタイトルなのだろう。初めて読む作家だ。もちろん最年少で芥川賞を受賞したことは知っていたけれど、今まで手に取らなかった。
主人公ヨシカは26歳のOLで恋愛経験なし。中学生の頃から片思いの「イチ」への恋心は日に日に募るばかり。一方、同僚の「ニ」から人生で初めて告白される。
「イチ」があまりに理想化され、久しぶりに同窓会で会っても「あばたもえくぼ」状態が続くのに、「ニ」に対しては冷徹と言えるほどの人間観察をしていて、その対比がおもしろい。
恋というのは、つくづく手前勝手なものだと思う。そして、妄想は雨後の竹の子のようにぐんぐん伸びる。もう自分では制御できないくらいに。逆に周りの人間が凡庸になり色あせていく。
好きのツボが異なるのか、「ニ」への突き放した物言いからだろうか、ほとんど共感できないでいた主人公だったけれど、最後の最後でわっと持っていかれた感じの読後感だった。
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憂うつなときに聴く音楽
どうにもへこたれて元気が出ないときに、私は3人のヴォーカリストの声を求める。
1人目は、鈴木重子。ジャズ・ヴォーカリスト、彼女のハスキーで囁きかけるような声は、ふわふわとした羽で包まれているような安らぎを与えてくれる。
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2人目は、加藤和彦。軽妙なヴォーカルとそのメロディー、洒脱なアレンジ。安心して脱力できる。フォーク・クルセダーズとかサディスティックミカバンドとか伝説のグループの楽曲より、弱っているときは、加藤の個人的な作品の方に惹かれる。
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3人目は、大瀧詠一。やはり、はっぴぃえんどという日本語ロックの草分け的なバンドのサウンドでより、ソロでポップなものが落ち着いて聴ける。
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3人に共通するのは、力の抜けた、ゆったりした歌い方で、私にとって癒し効果が高い。羽を休めている気分になれる。
今日の冷たい雨のなか、出かける用事をキャンセルしてしまったので、少し自責の念が強い。「しょうがないよ、具合い悪いんだもの」そう言って許してもらいながらも、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
これ以上は自分を責めまい。憂うつに拍車をかけることはわかっているのだから。意識して止めないと、自動的にぐるぐる考えてしまうでしょう>自分。それをやると、また長引くよ。
調子が悪いときには考え過ぎないのが大事。と、何度も自分に言い聞かせる。
音楽に浸ろう。シンプルに明日に希望を持とう。
凸凹だから疲れるよ。だけど、だから
毎年、冬になると調子を崩し、でも、だんだんと霧が晴れるように上向いていくのだけれど、今回は行きつ戻りつのギッタンバッコンが激しくて、精神的にヘトヘトになっている。
「いつか晴れの日が来るよ」と自分に言い続けているのだけれど、つい「いったい、いつになったら」とへこたれてしまう。
今日できることをやろう。明日はできるかできないかわからない。希望は叶えられないかもしれない。それでも、今日を精一杯生きよう。ただ生きてるだけでいいんだ。自分を責めても誰も救われない。
今日もご飯も食べられたし、コーヒーも飲めた。頑張って服だって着替えられた。充分だ。よくやったよ。
と自分を励ます。
やっぱり、あーしたいこうありたいっていう欲はあって、そこから引き算して考えちゃうとがっかりしてばかりなんだけど、本当に何にもできない体験がせっかくあるんだから、そこから足し算して考えよう。
ときどき、すごく不安になるけど、あんまり先のことを考えすぎないようにしよう。私は私のこの人生を生きるしかないんだ。誰かのととり換えっこできるわけじゃない。
弱音は吐くし、辛いよって落ち込むし、周りがよく見えてしまうし、駄目なところはいっぱいあるけど、やっぱり私はそれでも私を生きていこう。
社会人になりたての頃の失敗
働き始めたばかりで本当に緊張していて、先輩から頼まれたらもう何でも引き受けてやっていたけれど、残業続きになってある日ハタと気がついた。全て期限までに終えるのは無理なのである。
それからは先輩からの仕事をどう断っていくかに心をくだいた。自分の仕事は自分でマネージメントしなくちゃ、誰もやってくれないからだ。
ただ「できません」では角が立つので、「これだったら、このくらいはできます」「こっちならこのくらい」「どっちをどのくらいやりますか?」と全面的に断るのではなくて、やれることはやる感じで、できないことは引き受けないようになっていった。
それから先輩が「今日中にこれやっといてー」と大量なデータ整理をポンと持ってきたときには、「私は明日までにこういう仕事を抱えています。今頼まれたことを引き受けると、それができなくなります。明日以降では駄目ですか?(あるいは、優先順位はどちらですか?)」と尋ねることにした。
先輩によっては「自分で考えろ」と言ってくる人もいたけれど、その時は「何を基準に考えればいいですか」「明日の会議に最低限必要なものを、私が選んじゃっていいんですか」とか言ってたかなぁ。
ともかく黙っていると、誰も私に気を使ってなどくれないので、自然と自己防衛するようになっていった。それでも毎日が残業だったけれど。
4月になってフレッシュパーソンを街で見かけると、何となく思い出されてしまうあの頃。それでも私は7年後、仕事にのめり込み会社に寝泊まりするくらい働き過ぎて、身体をすっかり壊してしまったので、あまり要領は良くなかった方だろう。というか、完全にワーカホリックである。
私の失敗は人にうまく頼むことができずに、自分で抱え込んでしまったことによるものだった。自分で立ち上げたプロジェクトに酔って、うまく仕事を分散できなかったのだ。もうほんとにアホの極致である。
だから、新しく働き始める方々や部下を持つようになった方々には、無理しないでね、といつも思う。自分の身体や気持ちを是非とも大切にして欲しい。
ペンギンの憂鬱
「現在、ロシア語でものを書く最も優れた作家の一人」と称されるアンドレイ・クルコフの代表作『ペンギンの憂鬱』を読んだ。
憂鬱症のペンギンと暮らす売れない短編小説家ヴィクトルの引き受けた仕事は、まだ亡くなっていない人たちの追悼記事を書く仕事だった。舞台はウクライナのキエフ。大物たちが次々と亡くなっていき、ヴィクトルにも不穏な影が近づいてくる。心臓の悪いペンギンの運命は……。
題名に惹かれて手に取った。不思議な小説だ。主人公のヴィクトルはとてもドライな性格で、ペンギンはときどき不眠症だったりする。2人の穏やかな生活の中にじわじわと騒がしさがやってくる。
ソ連崩壊後のウクライナの首都キエフは、ときどき銃声が響いたり、マフィアが暗躍しているところだ。
ただ部屋で原稿を書いているだけのヴィクトルもその原稿が元で、厄介ごとに巻き込まれていく。徐々に忍び寄る恐怖の影に時に怯えながら、それでもどこ吹く風と飄々と原稿を書き続けるヴィクトルだったが、最後に立て続けにあっと驚くような行動力を発揮する。
群れから離されたペンギンはソ連から離れたウクライナを象徴しているのか?私は政治的な物事が苦手なので、正直そのあたりのことはよくわからない。
ペンギンと一緒に散歩したり、湖に行ったりするのがほほえましかった。でも、ペンギンは楽しかったのかな。たまたまテレビに写ったペンギン仲間が消えたあと、テレビを押してしまうペンギンの姿が哀しかった。
- 作者: アンドレイ・クルコフ,沼野恭子
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