kai8787の日記

編み物と散歩と読書とうさぎさん ̄(=∵=) ̄

パンクな話に元気をもらい、そしてびびる

物わかりのいい子、家族の調整役、それが私の役まわりだった。だから、ときどき、盛大におもちゃ屋で駄々をこねる兄や、私をひっぱりまわして何軒もショップをまわり自分が納得するまで絶対服を買おうとしない妹の、バイタリティあふれる自己主張がまぶしかった。


栗原康『村に火をつけ、白痴になれ』は単なる評伝ではなく、過激でパンクな伊藤野枝賛歌だ。伊藤野枝は「大正時代のアナキストであり、ウーマンリブの元祖ともいわれている思想家だが、1923年9月、関東大震災のどさくさにまぎれて、恋人の大杉栄、おいっ子の橘宗一とともに憲兵隊の手にかかって殺されてしまった」女性である。

読み始めたとき、岩波書店だし、政治学者が書いた本だと聞いていたので、すごく固い本じゃないかと思っていたが、もう全然ちがった。荒削りな文章とパンキッシュな言葉の海だ。

ちょっと目次から拾ってみると、こんな感じである。「もはやジェンダーはない、あるのはセックスそれだけだ」「恋愛は不純じゃない、結婚のほうが不純なんだ」「青踏社の庭にウンコをばら撒く」「もっと本気で、もっと死ぬ気でハチャメチャなことをかいて、かいてかきまくれ」

これだけで、もうお腹いっぱい勘弁してとなりそうだったけれど、がんばって読み進んでみた。パンクな文体に慣れたら、それにつれてどんどん面白くなっていき、そしてびびりまくる私。

古い家制度に立脚した結婚を奴隷制度だと喝破し、親戚に決められた結婚をふり切り、好きな男のいる東京へ突っ走る野枝。そんな嘘臭い道徳なんかくそ食らえ(失敬!)なのである。

野枝さんの迫力についていくのがやっとだ。あの時代、恋愛に純粋に向き合い、とことん自分の気持ちに正直に生きることは、本当に物凄いバッシングにさらされる。けれど、野枝さんはそんなのお構いなしなのだ。離婚するときに散々迷惑をかけた実家や親戚にも、妊娠したときにはしっかり頼る。そのあっけらかんとした図太さは、「困った人を助けるのはあたりまえ」という信念から生まれている。

そんな野枝さんを絶賛し応援し続ける著者は、アナキズム研究家であるとともに、結婚制度反対、いかなる形の恋愛も自由だと主張してやまない。だから、辻潤と結婚している野枝を口説こうとする大杉栄が、同棲している女性からこっぴどく叱られてしょげていると「どんまい」と励ます。

なんだか、とめどもなく人間的なのである。困っている大杉を野枝が助け、その野枝をまた周りがたすける。その循環。

アナキズムの理想は、どこかとおい未来にあるんじゃない。ありふれた生の無償性。人が人を支配したりせずに、たすけあって生きていくこと。それはいまここで、どこでもやっていることだ。

お金がなくちゃ何もできないとう人は、裏を返せば人を信頼していないということになるわけか。なるほど、アナキズムって人への限りない信頼感に裏打ちされているものなのかな。


とまれ、道徳や正義を振りかざして「弱いものがより弱い者をたたく」昨今の風潮や、私の特にダメな部分(空気を読みすぎるところ)を思いっきり意識化してくれた。
アナーキストたちの過激さにびびりながら読み終わったのだけれど、久しぶりに頭をスコーンとやってくれる本だった。

村に火をつけ,白痴になれ――伊藤野枝伝

村に火をつけ,白痴になれ――伊藤野枝伝



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