kai8787の日記

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物語のリアリティー

本を選ぶときはタイトルに惹かれたりする場合もある。読んだことのない作家だと特にタイトルで手に取ることが多い。
中村文則『去年の冬、きみと別れ』もそんな小説の一つだった。

中村文則推理小説家だ。けれど、タイトルはそれっぽくなく感じて興味を持った。ミステリーが嫌いなわけでなく、ちょっと変わったミステリーが読めるかもという期待を持ったのだ。

結論から言うと、すごく構成が斬新で読みごたえのある作品だった。

この小説には複数の「僕」が登場する。だから、物語の後半で描かれる以下の部分を引用してもネタバレにはならないだろう。

僕はね、あの瞬間、化け物になってしまったんだよ。あの時、僕の身体が、自分から遠く遊離していくように思えた。僕が、僕から静かにずれて消えていく。その漠然とした恐怖を感じた瞬間、身体が拒否するように震えて、でも自分が今震えたと思ったときはもう、意識がどこかに落ちていくように冷えていた。僕に似た僕をあとに残していくことへの恐怖は一瞬のことだった。意識のバランスを保つブレーキのようなものを、もう感じることができなかった。

リアリティーのある文章だと思った。この本のなかに「芸術とは一種の暴露である」というセリフもあるけれど、推理小説の中でリアルを感じさせるには、丹念な取材の他に犯人の気持ちの模倣だけでない、作者自身の闇の開示・肥大化も必要なのではなかろうか。そして読者も自分の闇を意識して初めてリアリティーを感じるものだと思う。



去年の冬、きみと別れ

去年の冬、きみと別れ


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