暗闇を語ることー希望
小学生の頃の親友は、自然と人が集まってくる不思議な魅力のある子だった。彼女が何故私と仲良くなったのかはわからない。友人でありながら、私は彼女に憧れのようなものを抱いていた。私は不器用で人を寄せ付けないようなところがあって、柔らかく人を包み込むような人柄の彼女とは対照的だった。
私たちはクラスは違いこそすれ、中学・高校も同じだったけれど、毎日一緒に登下校するような親密さはなくなっていった。そして、私は相変わらずクラスの中で居場所を見つけられずにいた。
ポール・オースター『鍵のかかった部屋』を読み始めてすぐ私は懐かしくその頃のことを思い出した。この小説の主人公「僕」も幼友達ファンショーに畏敬の念と憧れ、その裏返しである嫉妬の感情を抱いていた。
成長するにつれ、次第にファンショーと疎遠になった「僕」のところに彼の妻からの手紙が届く。批評家として活躍していた「僕」は、失踪したファンショーの残していった小説や詩、戯曲の原稿を託されることになる。
ポール・オースターの語り口にはいつも直ぐに引き込まれてしまう。例えば、こんな一節。
暗闇だけが、世界に向かって自分の心を打ち明けたいという気持ちを人に抱かせる力を持つ。…(略)…暗闇について書くには勇気が要る。だがそれについて書くことこそ暗闇から逃れうる唯一の可能性であることを僕は知っている。
暗闇のどこかに出口を見つけ出すという希望を勇気だとして、「僕」は語り出す。その希望に根拠などない。たとえ、真実を語ったとしても出口が見つかるとは限らない。それでも人は勇気を出して、暗闇にのみ込まれないよう、出口を求めて歩んでいく。
小説を読むというのは、暗闇を覗くことなのかもしれない。そして、その暗闇は深いところで自分の暗闇と結びついているから、共感や感動が生まれる。暗闇を持たない人間などいない。ただ、それを語れるかどうかの違いはある。
別に自分の闇をあけすけに語らなくても全く問題ない。小説家も小説という型があるから、魂の深部が引き出せるのだろう。ただ、語らなくては本当に救われないこともあるのだ。闇が文字通り明るみに出ることで解き明かされる哀しみがある。カタルシスはそういうときに訪れるのだろう。
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