都市の迷路に立つ
ニューヨークには行ったことがない。随分前、ボストン、プリンストン、ミネアポリス、ロスには行ったことがある。アメリカの印象は一言で言うと “るつぼ” (人種のことだけじゃなく)だ。
でも、私の見たアメリカはほんの一部のホワイトカラーの世界だし、二週間の出張で東から西へと足早に通り過ぎただけの上っ面の旅だった。ワーカーホリックの頃の遠い思い出である。
ポール・オースター『ガラスの街』は、ニューヨークを彷徨うということのリアルを描いている。様々な人間の浮浪する姿が通りや交差点の名前とともに通り過ぎていく。
探偵小説を書いている小説家クインは間違い電話をきっかけに探偵になる(探偵といっても、この本はもちろんズバリ犯人はこいつだというミステリー小説ではない)。ある人物を何日も続けて尾行することで、次第に街と同化していくクインの姿が、ニューヨークという混沌に消えていく錯覚に見舞われる。
クインは様々な様態で街を歩く。散歩し、尾行し、彷徨い、ボロボロに憔悴するまで路地に潜む。こういうスタイルの小説を読むと異空間にもぐり込める。そういう現実と遊離した時間がたっぷり楽しめる作品だ。
読後しばらく、ニューヨークの路地で立ちすくむ自分がいた。
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